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  • 装いという礼儀は、まだ会っていない誰かへの手紙

    装いという礼儀は、まだ会っていない誰かへの手紙

    A Letter to Someone Not Yet Met: Dressing as Courtesy

    装いは、自分のためだけのものだろうか。
    玄関を出る前に、装いはもう、相手に届いている?

    何十年と様々なオケージョンで装いを楽しんできたから、TPOもわきまえているつもり、でした。

    それなのに、人生後半が見えてきたあたりから、本当に大人として、装いをわかっているのか不安に思えてきたのです。装うことは、“経験年数は長いのに実はわかっていないこと”の一つかもしれません(ここではあくまでも自分自身へベクトルを向けているのでご了承ください。)。

    そもそも装うとは、個人の印象や佇まいをトータルでデザインするイメージであり、社会に対する配慮も表すこと。一方でファッションはというと、言わずもがな時代の中で取り入れられる流行であり、両者の違いは、装いは内面が出るトータルデザイン、ファッションは社会現象や時代のスタイルで、個人的な思いからエッセンスを取り入れる、といったところかもしれません。

    会食(特に夜)が予定されている日の朝。
    今日会う人は、どんな立場で、どんなスタイルが好きだろう。レストランの空気感はどんな様子で、テーブルではどんな話をするだろう。そうそう、器やお料理を口に運ぶときに邪魔にならないデザインのあのワンピースも候補かな…などと思い浮かべながら服を選ぶ、楽しい時間ですよね。

    その時間は、自分のためというより、まだ会っていない相手のために使っているのですね。

    言葉より先に届くもの

    実は、会った瞬間、私たちは相手の装い(意図)を、無意識のうちに読んでいます。
    ほんの一瞬のこと。けれど、その一瞬に、「あなたに会うのを楽しみにしていました」という気持ちが、伝わってきて、わたしの配慮も伝わるといいな、とその場の空気が明るくなります。

    装いは、手紙に似ている

    便箋を選び、封筒を選び、丁寧に文字を書く。内容は同じでも、封を開ける前から、送り手の気持ちは、もう伝わっていると感じます。装いも同じではないでしょうか。言葉を発する前に届く、無言の手紙です。だから、年月をかけてゆっくり育ててきた感性を十分に発揮できる、大人としての遊びを楽しむ人でありたい。

    僭越ながら付け加えてさせていただくと、礼儀というと、着飾ることだと思われがちですが、ときには、引くことのほうが深い敬意になることは忘れずにいたいですね。
    たとえば機会に応じて、強い香りや音の鳴る装身具を控える。自分を主張するより、その場と相手に、静かに寄り添う。それもまた、装いの礼儀のひとつです。

    過剰と無関心のあいだで

    もうひとつ、未だに悩んでしまう洋服選びがあります。

    カジュアル~洗練スタイルの間が、意外にもバランスが問われる気がしています。わかりやすい例では、気軽な集まりに、あらたまりすぎた装いで行けば、相手を緊張させてしまう。

    逆に、何も考えずに出かければ、「あなたのことは考えていません」という無言の手紙になってしまうこともある。

    これが上手な人が、”センスのいいひと”なのだと思います。センスがいい方にあったら、自分に取り入れられそうなことを吸収します。

    大切なことは、相手と場所を思い浮かべること。その一点があれば、シャツとパンツにピアスひとつでも、それは立派な礼儀になる。

    もし友人に会うのであれば、お互い共通の思い出の品も、素敵な時間を作ってくれます。例えばこんな風に。


    その日、彼女は十年ぶりに、旧友と会う約束をしていた。
    選んだのは、特別な服ではなかった。ただ、友人がずっと前に「きれいな色ね」と言ってくれた、深い赤のスカーフを、そっと首元に巻いた。

    待ち合わせの場所で、友人は彼女の首元を見て、少し笑った。
    「それ、覚えてる」

    言葉にしなかった手紙が、ちゃんと届いていた。


    想像力は筋トレのようなもの

    ここでこそ、発揮したい想像力。鍛え続けなければ、筋力と同じで、たるみます。

    装う前に、少しだけ、相手の顔を思い浮かべてみる。それだけで、いつもの服が、丁寧な言葉に変わる。もしかしたら、これから新しく会う人にも贈る言葉になるかもしれない。

    装うとは、まだ会っていない誰かへの、無言の手紙だったと気づいたのでした。

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